えむお〜ページ

教師であり父でありApple好きな人が書くブログ

なぜ日本の教育は戦後から変われずにいるのか?2つのポイント

昨日の記事の続きです。

 

昨日は昭和22年の学習指導要領を読んで、これまで感じていた「もしかしたら日本の教育の目標は昔から変わっておらず、そして一度も達成されずに今になっているのかもしれない」という疑問が確信に近づきました。

先生の話を黙って聞く生徒に育てるのではなく、自由に考え、想像し、仲間と力を合わせて課題を解決していく生徒へ育成する。そのために、私たち教師はこれまで私たちがやってきた教育を根本から変えていかなければならない。こんな風に強く思うようになりました。

 

今日は、今回改訂された指導要領の根本の部分が現場に浸透するには、何が必要なのかを私なりに考えて書いていこうと思います。

日本の教育が変わるには入試が変わる必要があるのでは

まず最初は入試です。主体的対話的で深い学びの達成に向けては、高校入試、大学入試については今すぐに変えるべきだと感じています。具体的には、今行われているような一回限りの一問一答の試験ではなく、知識理解ではなく課題設定能力や課題解決能力を問うような問題(あるいは面接)を複数回行う入試に変えるべきだと思っています。

いくら授業で主体的対話的で深い学びの実現を目指しても、現行の入試では全く主体的でも対話的でもない問題が扱われます。これでは生徒も教師も数年経てばまた知識を詰め込む授業、入試のノウハウを伝える授業に戻ってしまうでしょう。入試を学校教育のゴールと捉える先生は少なくありません。

 

実は(ご存知の方もいるでしょうが)今回の学習指導要領改訂のタイミングでは、大学入試の変革が行われるはずでした。今までのようなマークシートなどではなく、記述を中心として受験者がどのように課題を設定し、解決していくのかを問うような問題を出題することも考えられていました。2020年大学入試変革に私は心躍るような気持ちで待ち望んでいました。大学入試が変われば高校入試も変わります。高校入試が変われば授業内容も変わりますからね。

しかし残念ながらそれはベストとは程遠い形になってしまいました。結局は人件費の問題や採点時の手間などが課題となったようです。私は、変えようとした方々の意図が伝わらず、変革を望まない声が大きくなって失敗したことが本当に悔しかった。

 

もちろん、時間の工面や人件費などでもっとお金を出す必要があったのは事実です。しかしやる前から、メディアでは「大学入試の変革は本当に必要か?」と煽るような内容の報道があり、「どうせ失敗に終わる」と私たち教師が口々に言っていた現状に私は失望しました。

この小さな小さな個人ブログで声高々に叫ぼうと届かないでしょうが、大学入試を変えようとしたその姿勢は(少なくとも私は)非常に勇気ももらったし、本気で教育を変えようとしたのだという覚悟も感じました。

 

現場の意識も変える必要があるのでは

以前こんな記事を書きました。 

上の人たちは変革を起こそうとしているのにもかかわらず、現場に伝達する人(各県市の教育委員会の方など)が「今までと同じです。少し、意識すれば良いのです」という言葉でごまかしてはいないか、と感じることがあります。

人は変わることにストレスを感じるようにできているようです。先ほどは教育委員会の方などを非難してしまいましたが、「今までと同じです」という表現を使いたくなる気持ちになってしまうんです。だって「これまでのやり方と変えていきましょう」なんていったら現場は「上には俺ら現場が見えていないんだ」と反発して終わってしまいますからね。

 

少し話は変わります。今回の新型コロナに関連した休校措置やGIGAスクール構想により一人一台タブレットが導入されつつあります。私の周りでもそういった動きが見えて来ました。私はとても喜んでいますが、中には「誰が管理するんだ。押し付けやがって」と否定的に捉える人もいます。

彼らの気持ちは分からなくもないですが、私はこういった姿勢が学校がいつまで経っても変わらない現状を作っているのだろうな、と思います。もう一度、前回の記事で紹介した昭和22年の学習指導要領序論を紹介します。

いまわが国の教育はこれまでとちがった方向にむかって進んでいる。(略)このようなあらわれのうちでいちばんたいせつだと思われることは,これまでとかく上の方からきめて与えられたことを,どこまでもそのとおりに実行するといった画一的な傾きのあったのが,こんどはむしろ下の方からみんなの力で,いろいろと,作りあげて行くようになって来たということである。

下の方から作り上げていくような姿勢を作っていかないと。下から何もしないのに、上を知ろうともしないのに、上が変えようと思って出したものを私たちは最初から否定的に捉えてはいないでしょうか?

さいごに

いつでも変われる姿勢を持っていたいと最近強く感じます。私は今は中堅教師、変わることに否定的ではありませんが、歳を重ねるにつれてどうなるのか想像することがあります。私の身の回りにも、幾つになっても新しいことに挑戦し、良いところは残し悪いところは改善しようとするベテランの方々がいます。私は彼らのような大人になりたい。

今の日本の教育はたくさんの問題があります。それについて不平不満を言いたくなることもあります。私は、目の前の問題点を何が問題か見つめ、小さなことから変えていきたいです。